東京高等裁判所 平成2年(ネ)4022号 判決 1991年8月26日
控訴人
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社
右代表者代表取締役
江島優
右訴訟代理人弁護士
高橋正明
同
上林博
被控訴人
メルズクリニックこと
坂本光志
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、一四九万五〇〇〇円及びこれに対する平成元年七月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は、人材を探してスカウトし、それを必要とする企業に紹介して就職させる、いわゆるヘッドハンティング等を業とする株式会社であり、特別の技術を必要とする職業に従事する者の職業をあっ旋することを目的とする職業紹介事業者として、職業安定法(以下「法」という。)三二条に基づく労働大臣の許可を得ている者である。被控訴人は、メルズクリニックの名で、婦人科及び内科の診療を行う診療所を経営する個人である。
2 控訴人と被控訴人は、昭和六二年七月一〇日、控訴人が被控訴人に被控訴人の診療所に勤務する医師を探して紹介し、就職させる契約を締結した。
3 控訴人は、平成元年三月一八日、吉田武彦医師(以下「吉田医師」という。)を探して被控訴人に紹介し、被控訴人は、同年四月一日、吉田医師を年俸一〇〇〇万円の約定で採用した。
4 被控訴人は、控訴人に対し、平成元年三月三〇日、前示のとおり控訴人が吉田医師を探して被控訴人に紹介し、同医師が被控訴人に就職するまでの控訴人の業務(以下「本件業務」という。)の対価として、調査活動費名で五〇万円及び報酬金名で一五〇万円(吉田医師の被控訴人との契約年俸(税込一〇〇〇万円)の一五%相当額)を、平成元年六月末日限り支払う旨約した(以下「本件契約」という。)。
5 本件業務は、いわゆる人材コンサルタント業務であり、法五条一項が定める「職業紹介」ではない。したがって、次のとおり、控訴人は、被控訴人から支払を受ける本件業務の対価の額(以下「報酬額」という。)について、法三二条六項、職業安定法施行規則(以下「規則」という。)二四条一四項が定める有料職業紹介についての手数料の最高額の定めによる規制を受けない。すなわち、
(一) 法三二条の規定する「職業紹介」とは、「求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者の間における雇用関係の成立をあっ旋すること」(法五条一項)をいい、これを本件についていえば、求人者(被控訴人)と求職者(吉田医師)とを引き合わせ、雇用関係を成立させる行為のことである。しかし、本件業務は、右とは内容の異なる人材コンサルタント業務である。本件業務は、被控訴人からの依頼により控訴人の独自の調査に基づき探した吉田医師に被控訴人の被用者となることを働きかけて被控訴人に就職させる、いわば被控訴人の求人活動の代行を含むいわゆるヘッドハンティングを内容とするものである。したがって、本件業務を対象とする本件契約は、請負又は請負類似の無名契約とみるべきであり、法が定める職業紹介事業ではない。
(二) 仮に、本件業務について、前示法及び規則の適用を受けるとしても、それは、本件業務全部についてではない。すなわち、本件業務は、法の定める職業紹介に該当する部分(求人者(被控訴人)と求職者(吉田医師)とを引き合わせ、雇用関係を成立させる部分(以下「本件職業紹介部分」という。)と被控訴人の依頼に基づく控訴人の独自の市場調査により、求人者の募集活動を代行する人材スカウト業務部分、以下「本件スカウト部分」という。)とに分かれ、本件職業紹介部分については、右法及び規則の規制を受けるとしても、本件スカウト部分については、本件職業紹介部分とは別個の契約によって報酬を定めることができる。本件契約は、本件職業紹介部分についての報酬と、本件スカウト部分についての報酬とを定めたものとして、有効である。
6 仮に、本件業務及び本件契約が法の規制を受けるとしても、法三二条、規則二四条一四項は、いわゆる取締規定である。違反した契約を締結した場合に、法六五条二号により処罰されることはあっても、契約の効力に影響はない。右規定は、労働ブローカー等による人身売買的な職業あっ旋や中間搾取等を排除し、労働者保護の見地から、労働者から法外な料金を徴収することを禁じる目的で立法されたものであるから、一般論として契約の成立まで否定することは行き過ぎであるが、特に本件契約の場合は、性質上、右のように労働者の権利が侵害されるおそれはなく、むしろ効力を否定することは、取引の安全を害し、信義に反し公正でない。
7 仮に、本件業務が前示法及び規則に違反するものであったとしても、被控訴人は、自らの事業経営のため、控訴人に強く本件業務を依頼し、本件契約によって多額の利益を得たにもかかわらず、支払の段階になって、報酬の支払を免れるために契約の無効を主張している。これは信義則(禁反言)上許されることではない。
よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件契約に基づき、二〇〇万円及びこれに対する支払期の後である平成元年七月一日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
認める。
ただし、本件業務又は本件スカウト部分が前示法及び規則の規制を受けないものであるとの主張は争う。
本件業務は、本件職業紹介部分及び本件スカウト部分が一体として法三二条一項の許可に基づくものであり、本件業務の報酬額は、法三二条六項、規則二四条一四項により、吉田医師の六か月分の賃金の10.5%相当額である五〇万五〇〇〇円が最高額である。したがって、被控訴人は、右最高額を限度とする金額部分については控訴人の請求を認めるが、右を超える金額部分については争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因については、当事者間に争いがない。
二本件業務が法三二条及び規則二四条一四項の規制を受けるものであるか否かについて判断する。
1 <証拠>によれば、控訴人は、昭和五〇年に設立されたスタッフ二〇名くらいの組織であること、控訴人の課長村木秋良(以下「村木」という。)は、昭和六二年七月八日ころ、被控訴人から被控訴人が経営する個人病院メルズクリニックの院長になれる内科又は婦人科の医師の求人依頼を電話で受け、同月一〇日ころ、右依頼に応じて医師を探して紹介することを被控訴人方事務所で被控訴人に約したこと、控訴人と被控訴人は、控訴人が医師を探した時点で、右控訴人の業務に対する報酬等についての正式な契約をすることを合意したこと、村木は、同月一三日ころから医師を探し始め、東邦大学、東京大学、北海道町立病院、町田市内の病院などの医師を探して被控訴人に紹介したが、職務内容、勤務条件等で折合いがつかず、成約にいたらなかったこと、平成元年二月一五日ころ、控訴人は、当時フリーであった吉田医師を被控訴人に紹介し、被控訴人は、吉田医師を、メルズクリニックの院長として、年俸一〇〇〇万円の約定で同年四月一日から採用することとし、吉田医師は、右約定でメルズクリニックに勤務することを承諾したこと、同年三月三〇日ころ、被控訴人は、控訴人に対し、請求原因第4項のとおり、本件業務の報酬額として、調査活動費名で五〇万円、報酬名で一五〇万円(吉田医師の被控訴人との契約年俸(税込一〇〇〇万円)の一五%相当額)合計二〇〇万円を支払うことを約し(支払日は平成元年六月末日)、その旨の契約書(甲第三号証)を交わしたこと、しかし、その後、被控訴人は、控訴人側の請求に対し、主として資金繰りが苦しいことを理由に言を左右にして支払わず、やがて同年一一月末ころには、支払う意思がない旨の意思を示すようになったこと、近時、ヘッドハンター、人材コンサルタントなどを標榜する者が求職者と求人者の間に入り、本件契約と同様の類型の契約を結ぶ例が少なからずあり、労働省が昭和六二年一〇月に設置した民間労働力需給制度研究会が平成二年一〇月にした報告等によると、最近、高度又は特殊な専門的知識、技術を有する労働者を対象として、求人企業からの依頼により探し出した、特定の知識、技術等を有する労働者や、求人企業の指名する特定の労働者又は特定の企業、研究機関等に所属する労働者に対し、求人企業の被用者となることを働きかけて就職させることを事業内容とする、いわゆる人材スカウト(ヘッドハンティング)業者が増加しており、右業者の業務の運営の実体は、従来の民営職業紹介事業とは異なる面があるため、対価などをめぐって求人者との間でトラブルが生じるケースが生じているとされていること、右報告を受けた中央職業安定審議会は、民間労働力需給制度検討小委員会を設置し、民営職業紹介事業等の見直しについて検討中であるなど、これらの点について公的な議論がされつつあることが認められる。
2(一) 法は、職業紹介とは、「求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっ旋すること」(法五条一項)であると規定し、何人も、有料の職業紹介(職業紹介に関し、手数料又は報酬を受けないで行う無料の職業紹介(五条二項)以外の職業紹介(五条三項))事業を行ってはならないと定めた(三二条一項)。しかし、同時に、法は、一定の特別の技術を必要とする職業に従事する者(医師を含む(規則二四条一項、同別表第二)。)の職業をあっ旋することを目的とする職業紹介について、労働大臣の許可を得て行う場合を右禁止から除外する旨規定し(三二条一項)、労働大臣が右許可をするには、あらかじめ、許可申請者についてその資産の状況及び徳性を審査するとともに、中央職業安定審議会に諮問しなければならず(三二条二項)、右許可を受けて有料の職業紹介事業を行う者は、労働大臣が中央職業安定審議会に諮問の上定める手数料のほか、いかなる名義でも、実費その他の手数料又は報酬を受けてはならず、その紹介手数料の最高額は、引き続き六か月を超えて雇用された場合にあっては、六か月間の雇用について支払われた賃金額の一〇〇分の10.1に相当する額と定めた(法三二条六項、規則二四条一四項、同別表第三)。
(二) 右各規定は、本来、国民にその能力に応じて妥当な条件の下に適当な職業に就く機会を与え、職業の安定を図ることを目的とし、そのために、公の機関によって無料で公正に職業を紹介することを目指して有料職業紹介事業を一律に禁止し、他方、公的機関があっ旋することが困難な、特別の技術を必要とする職業に従事する労働者の職業をあっ旋する者についてのみ、例外的に私的有料の職業紹介事業を認めたものである。そして、ここにいう職業紹介とは、求人及び求職の申込みを受けて求人者と求職者の間に介在し、両者間における雇用関係の成立のための便宜を図り、その成立を容易ならしめる行為を指称する(最高裁判所昭和二八年(あ)第四七八七号同三〇年一〇月四日第三小法廷判決刑集九巻一一号二一五〇頁)ものである。
(三) これを本件業務についてみると、本件業務は、前示のとおり、特別の技術を必要とする職業に従事する者の職業をあっ旋することを目的とする職業紹介事業者として、法三二条一項ただし書に基づく労働大臣の許可を得た控訴人が、被控訴人からの求人の依頼に基づいて吉田医師を探して被控訴人に紹介し、被控訴人は、吉田医師を年俸一〇〇〇万円で、四月一日から採用することとし、吉田医師は、右約定で被控訴人に勤務することを承諾したというものであるから、控訴人は、求人及び求職の申込みを受けて求人者と求職者の間に介在し、両者間における雇用関係の成立のための便宜を図り、その成立を容易ならしめたというべきである。そうすると、本件業務は、「求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっ旋する」(法五条)ものとして、法三二条一項ただし書、六項の適用を受けるというべきである。したがって、本件業務は、法の定める職業紹介には当たらず、本件契約は、職業紹介とは別個の業務を対象とするものであるという控訴人の主張は、採用することができない。
3(一) 次に、法のいう職業紹介は、前示のとおり、雇用関係の成立のための便宜を図り、その成立を容易ならしめる行為を含むというべきであるから、単に、控訴人が主張するように、求人者と求職者とを引き合せて雇用関係を成立させる行為(本件職業紹介部分)に限定されるものではなく、右契約を容易にするために紹介業者が行う、求人者に紹介するために求職者を探す行為(本件スカウト部分)といえども、これと一体をなすものとして、右職業紹介に含まれるというべきである。確かに、控訴人は、本件業務を遂行するについて、被控訴人の依頼に基づいて、被控訴人の求める条件に適合する医師として、吉田医師を探し出し、その間、約一年九か月にわたり、被控訴人に紹介したが就職するまでには至らなかった医師数人にも接触するなど、相当程度の労力を費やしているが、このことをもって、それらの行為が法にいう職業紹介行為に属さない異質のものであるということはできない。
そして、前示のとおり、控訴人は、法三二条による許可に基づき本件業務を行っており、このことは、法の規制を受けることを前提として営業を行っているとみるべきであること、本件契約の締結の経緯、契約書の記載内容からみると、本件業務のうち、本件スカウト部分と本件職業紹介部分とは一体として取り扱われており、特に本件スカウト部分のみを分離して独立の契約として取り扱うべき根拠に乏しいと認められること(報酬契約も一体のものとしてされており、紹介のみで雇用に至らなかった場合についての定めもない。)などからみると、本件スカウト部分を本件職業紹介部分とは別個の業務であるとか、本件契約中、本件スカウト部分は、独立の報酬の対象となるとみることはできない。
(二) 近時、特定の知識、技術等を有し、即戦力として使える労働者を他から引き抜いてでも求めようとする企業社会の需要の増大に応じ、いわゆる人材スカウト(ヘッドハンティング)業者が増加し、それら業者の業務の実体が、法の体系、殊に報酬額の規制と整合しない面があるため、これらの業について別段の規制措置を設けるべきか否かが論議されていることは先に認定したとおりであるが、別段の規制措置を設ける必要があるとしても、それは、これら規制の対象となる業の定義をいかに定めるか、どのような規制内容を盛るべきか等について、企業社会の需要と労働者の利益保護との調和を計りながら、慎重に検討すべき労働政策論及び立法論の問題であって、現実が先行しているからといって、現行法の解釈論としては、法の理念及び文理に照らし、いわゆる人材スカウト(ヘッドハンティング)業が現行法の規制の枠外にあるものと解することはできない。
4(一) 法三二条六項、法六五条によれば、規則二四条一四項、同別表第三に違反して報酬を受けた場合、六か月以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処せられる(法六五条二号)が、右違反する報酬を受ける契約を締結した場合の契約の効力については定めがない。
(二) 法三二条六項、規則二四条一四項、同別表第三は、前示のとおり、明文により職業紹介の手数料の最高額を定めている。仮に、右に違反する契約を、処罰されるだけで契約としては有効であるとすれば、処罰による不利益を承知の上で契約をする者に対しては、法による規制の実効が上がらない結果になり、報酬額に対する規制は、有名無実となるおそれがある。法がそれを容認する趣旨であるとは考えられない。
そもそも法が、私人が有料の職業紹介事業を行うことを原則として禁じ(法三二条一項本文)、職業紹介事業を政府の行う無料の業務に委ねた(法四条三号)のは、有料職業紹介事業が、ともすれば、営利を追求するため、労働者の能力、利害、妥当な労働条件の獲得維持等を顧みることなく労働者に不利益な契約の成立を急ぐ弊に陥るため、それを防ぎ、労働者の利益を保護しようとするものである。そこで、例外的に、公的機関では扱いにくい特別の技術を必要とする職業に従事する者の職業をあっ旋する私的有料職業紹介事業を認める(法三二条一項ただし書)に当たり、右の弊を防ぐため、労働大臣が中央職業安定審議会に諮問の上定める手数料(規則二四条一四項、同別表第三)のほか、いかなる名義でも、実費その他の手数料又は報酬を受けてはならない(法三二条六項)と定めたのである。
右の立法趣旨にかんがみれば、右の制限された報酬額を超える報酬を支払う旨の契約は、その超える部分について無効であり、職業紹介事業者は、その部分の報酬を契約の相手方に請求できないと解すべきである。
したがって、本件契約中、本件スカウト部分に対応する部分についての報酬額の定めを有効であるとする控訴人の主張は理由がない。
5 被控訴人が、いったん本件契約を締結して控訴の趣旨記載の報酬の支払を約し、後に右約定を翻したことは前示のとおりであり、これは、信義にもとる行為であるというべきである。しかし、本件契約が、その報酬額につき前示法及び規則の制限内においてのみ効力を生じ、制限を超える部分については法の保護を受けられないことは前示のとおりであるから、右認められる範囲での支払義務を主張することを信義則違反として排斥することはできない。
三以上の理由により、控訴人の請求は、法三二条六項、規則二四条、同別表第二の定める限度である五〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成元年七月一日から支払済まで、商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。
よって、原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき、同法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙橋欣一 裁判官 吉原耕平 裁判官 池田亮一)